正当な方法が、良心的な方法とは限らない。

「ただしい」ってことは、曲げないことではなくて
なにが幸せにつながってるか、を選ぶことかな、とわたしは思ってる。
大きなことから、小さなことまでなにに出会っても、
結局それがわたしの立ち位置だなーというのが最近分かってきました。

そんなわけで、子ども会の繰越会計の良心的な決着を提案してみました。

少数意見かなぁ、と思ったけれど
10対1で賛成多数だった。
良心的解決で、決着しました。

良心はあいまいだ。
「だってそれが良心的だから」の論拠は多分、それぞれの心の中で違うものが育っているはずだ。
それでも賛成多数で合意できたのは
・似通った考え方を持つ人 と
・別にどっちいでもいいなんにも考えてない人 が多かったからだろうなぁ。

反対1の人からは「丸めこんだ」と評されましたが。
とほほ。
そういう汚い言葉のもの言いにはへこむんだよねぇわたし。

ま、いいか。
丸めこむだけの才覚があるのだわ、わたし、と思っておく。うふふ。





そして良心的なワタクシは、
反対1の人がもごもご聞こえないように悪口言ってるのに
「意見があるなら、今、言わなきゃね。(にっこり)」とトドメも差してみました。

この人のどこがリョウシンテキかっ。

悪いことしたかなー、と反省する小心者ではある。

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